甘楽町の「ちちぶ道」と道祖神
甘楽町は古い歴史を持つ町….。古くは加羅からの移住者も多かったとか….
「和名類聚抄」にも上野国「かむら」として現れる。「延喜式」には「新屋ノ牧」が記されている。
戦国時代から近世にかけては、小幡氏や織田氏・松平氏が跋扈した城下町…
小幡藩の堰・石垣とせせらぎ・桜並木が過ぎし日の….往時を偲ばせる。古城も数多く残されている他に古墳もある。
天引の「堂の入川」の左岸の畑の中にある黒渕古墳がそれである。盛土は風雨のためか、盗掘のためか既に失われていて、石室が露出している。
石室の全長は4.95m、玄室は長さ2.1m高さ1.75mであり、羨道は長さ2.85m高さ1m幅0.8mである。
古墳群の一基で7世紀後半の円墳と推定されている。
妙義町は富岡市となったが、独自の道を貫いた甘楽町…..
ちちぶ道の道祖神様
熊野堂
山上の秘境の湖のような趣を漂わせる池….人知れず青い水を湛えている。
黒渕古墳


古墳のお部屋H・Pより
| 固定リンク







コメント