2007年11月25日 (日)

「小柏氏800年の軌跡」 目次

           目 次  平家の凋落   平氏の末裔            5   清盛の孫・娘たち          6    平家最後の戦い          9    平家落人伝説          11 安徳天皇は生きていた      12 維盛の「青海波」        14 惟盛伝説             17 御前岩の六代丸          21 小柏氏800年の軌跡 第一...

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           目 次  平家の凋落   平氏の末裔            5   清盛の孫・娘たち          6    平家最後の戦い          9    平家落人伝説          11 安徳天皇は生きていた      12 維盛の「青海波」        14 惟盛伝説             17 御前岩の六代丸          21 小柏氏800年の軌跡 第一...

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2007年11月16日 (金)

地神様 憤怒相の牛若丸? 

他所から入ってくる“悪”は許しませぬ。!決意が漲っています。 このお顔・お姿は滅多に見かけるものではありません。 神仏習合により創作された神様でありましょうか? アタクシが知っている神様の中にはおはしませぬ。 この場所には以前、神社がありましたゆえ、少し場所が移動したかもしれませぬ。 近隣の地主さんが建立したもよう….。 帷子川近くの地神様 造立 文化九年 高さ 1.1mほど 隣に湯殿山供養碑があ...

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2007年11月 1日 (木)

「平家の凋落」・「小柏氏800年の軌跡」目次

    目 次  平家の凋落   平氏の末裔   清盛の孫たち   清盛の娘たち    平家最後の戦い    平家落人伝説 安徳天皇は生きていた 維盛の「青海波」 惟盛伝説 悲運の六大丸 御前岩の六代丸 小柏氏800年の軌跡 小柏氏の始祖 維基 鹿島神社建立 鎌倉時代の小柏氏 南北朝時代の小柏氏 鼠喰城  室町~安土桃山時代の小柏氏 平井城の落日 豪族 高山氏 豪傑 小柏 高政    血糊の宮 西...

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2007年10月23日 (火)

三波川 妹ヶ谷城 探索始末記…。

 妹ヶ谷不動尊の境内を左に(南)降りて下から来た道に合流する。この左から来ている道は、不動尊の入口の階段の下を通って回り込んで来ている道だ。この辺は幅も確保されていて歩き易い遊歩道といったカンジ….。  左下に細い沢が見えるこの道は、石神峠に至るハイキングコースだ。暫く行くとどんどん沢が近くなって来る。  右側は雑木林で険しい傾斜になっている。杣道はおろか登れそうな所は何所にもない。更に遡って行く...

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2007年10月19日 (金)

甘楽町の「ちちぶ道」と道祖神

 甘楽町は古い歴史を持つ町….。古くは加羅からの移住者も多かったとか…. 「和名類聚抄」にも上野国「かむら」として現れる。「延喜式」には「新屋ノ牧」が記されている。 戦国時代から近世にかけては、小幡氏や織田氏・松平氏が跋扈した城下町…  小幡藩の堰・石垣とせせらぎ・桜並木が過ぎし日の….往時を偲ばせる。古城も数多く残されている他に古墳もある。 天引の「堂の入川」の左岸の畑の中にある黒渕古墳がそれで...

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2007年10月 6日 (土)

安徳天皇は生きていた/三種の神器

安徳天皇は生きていた 安徳天皇は壇ノ浦で二位の尼に抱かれて、入水して果てたとされている。二位の尼は平清盛の正妻・時子である。従二位の位にあり清盛の死後は尼になっていた為、二位の尼と呼ばれた。 宇佐神宮の宮司家・宇佐家の伝承によれば、同家は神武天皇が東遷の際に立ち寄った時に、足一騰宮を建立し当主の妻を差し出し供応したという。そして神武の兵士たちには土地を与えて屯田制として生活させた。 この神武部隊の...

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2007年9月16日 (日)

三波川の共同墓地と不動尊

  三波川妹ヶ谷の墓地はかなりの広さである。想像していたものよりもずっと広い。細い道に面しているところには庚申等や石仏・神様の石碑などが並んでいる。平坦で日当りの良い土地であり、その南側は里山に連なっている。  畑や宅地に利用できる良い立地といえる。墓碑は古い物が沢山あり、歴史の宝庫のように思える。何時の日か学術調査が入る事が期待される。  この中の小柏氏の墓地には、小幡家の女中の物と伝えられる墓...

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2007年9月15日 (土)

時代の変遷による墓碑の形状

    五輪塔  石造りの五輪塔は平安時代から造られるようになり、広く親しまれている。時代によって塔の高さが変わったり、やや形状が変わってきている。その五層の塔は上から「空」「風」「火」・「水」・「地」を顕わすとされる。 この五要素は人体を顕わす事にも繫がるという。 無縫塔       卵形をしているので俗に卵塔と呼ばれる。野球のバットを縦方向に縮小したような形である。鎌倉時代に中国から禅僧によっ...

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2007年9月14日 (金)

天引の小柏氏の墓所・墓碑

   墓碑は畑の西端で竹林の麓に横一列に並んでいる。この後ろの潅木の中にも二つ以上の墓碑があるが、細い潅木がびっしりと茂っていて足を踏み入れる事は出来ない。この一列に並んだ墓碑群と数メートルしか離れていない畑の仲にもう一つの墓地がある。  この墓地には古い墓碑が四列に並んでいる。この最後列が最も古い墓碑なのか倒れている碑、割れて倒れている碑があるなどで一番荒れている。この中に長山清閑信士と理山玄性...

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